2005/11/5
衝撃
近頃、ジプシー・ミュージックにはまっていることもあって、関連書籍を読んでいるところです。今は、イアン・ハンコックの『ジプシー差別の歴史と構造』。読み始めてすぐ、とてもショックを受けました。東欧中心にロマニについて読んできただけで、なぜか自分がずっと研究し、注目してきた英国を初めとする西欧への視点が欠けていたこと、これだけ音楽や書籍で親しんだのに、以前に自分が英国の小説や絵画の中で見てきたジプシーの姿とそれが結び付いていなかったことに、やっと気づいたのです。
19世紀までに英国のジプシーはアメリカに移住させられた、という知識がどこかにあって、「だから、今はいないのだろう」と勝手に思い込んでいたようです。
でも、思えば、自分自身も英国滞在中に「英国に住む」ジプシーシーのをかすめたことがありました。小さな町のフォーク・フェスティバルの会場が突然変更になったとき、理由は「最初の予定地にジプシーがいるから」でした。そのとき、私は日記にこう書いています。
「今時本当にジプシーが放浪していたりするんでしょうか。それとも概念としてのジプシーなのか...」。
あのとき追求しなかった自分の不明がいまさら強く感じられます。特に、当時の私のテーマはナショナリズムとポスト・コロニアリズムだったのですから。
私は、自分が一分野の専門家になれないことがよくわかっています。なんだろう、ひとつのことをつきつめることに魅力を感じないようなところがあって、複数の要素がからみあう、ネットのような部分に惹かれるのです。でも、偏った知識からは本当にバランスのとれた見方は生まれないと思う。その意味でも、今、歴史の中のジプシー、そして現在のロマニについて、もっとよく知ることは必要なのだ、と、強く思ったのでした。
ちょっとめずらしく、内省的なひとりごとでした。
モロヘイヤWar - 蔭山周監督作品集
ひさしぶりに、ずっと家にいる週末なので、DVDを見ることに。で、珍しく日本映画を見ました。実は友人が監督の自主映画。なので、普通の映画を観るときとは違った不安感を持って観始めました。
結論としては、監督が誰か、とか、出演者が誰か、いうこととは無関係に、おもしろかったです。映画って、観客の目に入る前に、カメラ(監督の目)のフィルタがかかるから、それがうまく距離感を出してくれるような気がします。
表題作の「モロヘイヤWar」、テクの白い歯が印象的...。黒いから。 いわゆる反戦映画って嫌い(観なくても、戦争反対に決まってるんだから、そのうえ辛い話は見たくない)なんだけど、これはそういう反戦映画ではない、と思いました。なんて言うと、怒られるでしょうか。"Seven Beauties"や「サン・ロレンツォの夜」が反戦映画でないのと同じことだと、まあ、私は感じたということで。
残念ながら、クローンのくだりは言われるまで、よくわかんなかった。
あと、おまけが笑えました。特に「歴史」は脱力した...。ちゃんとクイズ正解のおまけも見たし。オーディオ・コメンタリーは、見終わったあとで記憶に残ったのは「蔭山監督はコーラが好き」だった。泣ける。
他の作品もそれぞれの魅力がありました。最初に「ナッツ」を見て、気持ち悪くてどうしようかと思ったら、オーディオコメンタリーで「これはホラーです」と言われて、ほっとしたのでした。フェリーニみたいと言えば言えるかもしれないけど、なんか根本的に気持ち悪かったんだもん。
さて、もう3時ですが、もう1本行けるかなー。
Do You Remember Dolly Bell?
2本目は、エミール・クストリッツァ初長編(原題はSjecas li se, Dolly Bell)を見ました。1日に2本初監督作品。なんというか、若さのパワー波状攻撃。もっとも、こっちは劇場映画だし、全然違うタイプの映画ですけれど。ストーリーは、16才の少年の恋と成長を描いた、なんていう、要約するとすごくべたな話です。メインの、恋愛の話は、いかにもさもありなん。でもやっぱりクストリッツァ。この人の映画って、大人が魅力的なんですよね。主人公Dinoの父親が、とてもとてもよかった。そして、1960年代のサラエヴォという設定をたっぷり生かした、音楽と主義主張。ユーゴスラヴィアの「よかった時代」を見ることができました。
主役のDinoは、先月見た「ライフ・イズ・ミラクル」の主役もやったSlavko Stimac。「アンダーグラウンド」にも出てました。当たり前だけど、若いー。25年前の映画だもんね。
おまけに、クストリッツァ監督のインタビューが入っていたんですが、朝の7時でもう眠くて眠くて、それはまた今度ということに。